EMUえむ

30代サイドFIRE民。好きを追求して生きていく

暴落にて何を思う

めちゃくちゃ暴落してますね。

我が家は節約が得意&思考停止でインデックス投資してたら運用額が億を超えた(今は割ってるよ)ミドサー夫婦です。
ふだんは今の資産額がどれくらいかもほぼ気にせずに生きているし、投資のあれこれもいまだにほぼ何もわかってないような状態なんだけど、そんな我々でもはっきりわかるくらいに暴落してますね。

 

いやー、まいってる。

今回の暴落ではわりと大きな精神的ダメージを受けています。その理由は、家を買おうとしてたから。

家が買いたいタイミングで暴落

夫婦揃って会社員を辞めたのが2023年。家にいる時間がめちゃくちゃ増えました。
これまで実家と社宅にしか住んだことがなくて、自分で家を借りるとこのお金でこんな感じなのか、とビビって家賃抑えめにとりあえずで引っ越した賃貸。

2年弱住むうちに、築古ゆえのアラも入居時より目につくようになってきて、そして冬の寒さが異常でもはやしんどくて、引っ越しを検討し始めました。

でも地方なのでいい感じの賃貸というのがほんっとうになくて、そこから賃貸→リノベ→中古の紆余曲折(この一連また書きたい)を経て、結局注文住宅を建てることにしました。

 

と言ってもね、与信がないんですよ。
個人事業主は住宅ローン申請に黒字3期分必要だって、うち1期しかないよ。(人生計画とは)。

しょうがないので、組める分MAXのローンは組みつつ、運用資産をいくらか現金化して買っちゃおうぜ、となったのが今年の1月。

だって家はすごい値上がりしてるしさ、金利もよくわかんないけど上がりそうだし(既に上がってる?)、何よりどうせ買うなら快適な家に住める期間を長くしたい。
去年とおととしの相場に感謝しつつ、ハウスメーカーやら工務店やらを回り始めたんだけどそれもまた沼(マジでしんどかった)。
発注する会社決まるまでは建てるかどうかも決めきれない感じだった(妥協して建てるという選択肢はなかったので、会社が見つからなかったらまた0から考え直そうと思ってた)ので現金化しないでしょ、と運用しっぱなしにしてて、ようやく建てる会社決めた→直後にこの暴落。

いやーーーーーしんどい。

 

これまでの諸々の検討の時間、お願いしちゃった後に暴落きてソワソワしてる時間、相場回復するといいですねと現在進行形で待ってくれてる状況が、しんどかった(しんどい)。

 

私、人生でなーんにも気負わずにいたいのよ。
なのに、そもそも家にいる時間がとても長いからそれを快適にしたいね、というくらいのノリで始まった話がこんな過程を経てキャンセルになりそうな現状がさ、しんどい(何回言うねん)

 

そしてどうする

それでも買うでしょ、見切りつけて現金化しようみたいな話を当初はしてたんですけど、日を経るごとにあまりにも今じゃない感が強まってる。
ここで現金化にいくのはもう時流に逆らっちゃってんじゃん、気負っちゃってんじゃん、自分達のキャパ超えていこうとしちゃってんじゃーんと言う感じになってるねと我に返ったのでやめだやめだ、元々次の暴落に向けて備えてた現金は購入資金にしよ、となりました。

 

あんまり流れに逆らわない。
無理しない。気負わない。ゆるくのんびりシンプルに生きるというモットーをぶらさない。

10年くらいのうちには相場回復すんじゃない?
その時の住宅価格については考えたくもないけど、10年経ったら日本の住宅事情自体がまた今とは変わってるような気もするよね。

暴落について

いい時もあれば悪い時もある。高くジャンプするためには一度しゃがむんだよ、と言う感じなので家を買おうとしてるタイミングじゃなかったなら、何の気にも留めてないと思う。

難しいことは相変わらずわかってないですが、もし今心乱れてるならそれは資産が減るという状況に単に慣れてないからな気もするし、もしくはよく言われるようにリスクをとりすぎているからなような気もする。

生活に影響はないし、本当に取り崩したいのは10年以上先なので、まあ今は家が買えなくなったという状況を時間が癒してくれるのを待ちます。

 

ではではー!

読了*ちきりんさんの【自分メディアはこう作る】

ちきりんさんの【自分メディアはこう作る】読んだのだけど、読んだら久しぶりにこちらのブログの存在を思い出したので書いています。

読んでたら、なんでブログから足が遠のきがちになってたのかなということや、そもそもブログをやりたかった理由を思い出した。

◆有名になることや収益を最大化することを目指さない

そもそも自分にとって、ブログとはやるなら収益化を目指すべきものという思い込みがあったことをこの本読んで認識しました。
副業としてのブログ、アフィリエイトで月収○万円、みたいなのを見たら「どうせ書くなら私も稼ぎたい」となってた。お金はいくらあっても困るものではないし、稼ぐ手段はいくつもあった方がいい。

でもちきりんさんは目指さないこととして
✖️書き手として有名になる
✖️自分の文章を、なんの共通点もない人も含め、できるだけ多くの人に読んでもらうこと
✖️ビジネスを成功させること(ブログの収入を最大化すること)
と明言されてる。

何かおもしろいことができる、自分の場所を持ちたいという動機からブログがあるので、人気ブロガーあるあるなメルマガやサロンはされていないことはもちろん、原稿料の発生する外部メディアよりも、無料かつオープンな自分自身のブログにこだわられてる。

 

なるほーど!

 

何事においても成果を追求せねばならない、成果とはすなわち発生する収益ではかられると思い込んでた「売上はお客様からの評価」と店長やってた時によく言われてたんだけど、働かない人生を選択してる今もまだその考え方がつよつよ。

知らず知らず、収益の発生しない活動をしている自分は無価値だと自己否定気味になっちゃうんだよねえ。

自分がやりたいことは

ちきりんさんのおもしろいことができる自分の場所ってほんとその通りで、私も書くという好きな行為を通じて考えを深掘りしたり、同じような興味対象を持つ方々とゆるい繋がりができたりしたら嬉しいなというだけで、初めは始めたんだった。

テーマを決めてそこに沿って〜とかを意識するから、書けなくなってた。

 

◆今日考えたことを文字にして書き留める。

みたいな感じで、とにかく書いてみようと思う。
取り留めなくなっちゃいそうな気もしていて少し心配ではあるけれど、ゆるく書いていいと自分に許した時に果たして自分は何を書くのかということに興味がありもする。

◆ネット上に書くことのリスク

とはいえ、自分の考えをネットに公開することにやや怖さも感じていて、そんな時にしっくりきたのが

誰も読まないことを前提に書く文章は、時にあまりに乱暴だし、あまりに赤裸々です。それなのに実際には、絶対に誰も読まないと決まっている訳ではありません。

(略)
そう考えると、「誰も読まないという前提で紙に日記を書き続ける」ことより、「誰が読んでも不思議ではないという前提で、ネット上に日記を公開する」ことの方が、リスクが少ないとさえ感じました

万が一自分に何かあっても、自分の書いた文章が残ることになんの問題もないという安心感。

私は毎朝の習慣として、ジャーナリングを行なっています。寝起きすぐに頭の中にあることをA4用紙1枚分ばーっと書くというものですが、この文章はとてもじゃないけど人に見せられない(笑)

自分が何を考えてたか知りたいから保管しときたいけど、もし急死したら家族が読んだりするんだろうかと考えたらだいぶしんどい。葛藤は定期的に来て、結果これまでに衝動的に捨てた日記もたくさんあるんだけど、もったいなかったかなと冷静に振り返ることもなきにしもあらず。

 

もともと読まれて大丈夫という前提の文章として自分の考えをアウトプットする、という習慣をつけるためにも、これからのブログを活用していこうと改めて思った次第です。

 

ではではー!

アラサーでサイドFIREした我が家の3S主義

2024年に決めた我が家の基本方針は3S主義

これはふと目にしたnoteの記事がすごいよくてそうなったのですが、その記事がこちら

note.com

 

無料部分にもあるこちら

3Sとは「スリム」「シンプル」「スロー」である。

低収入だが低コスト(スリム)
扱う商品は最低限(シンプル)
自分があまり忙しくしない(スロー)

個人事業主の商売(特に初めての事業ともなれば)はこれくらいがいいとされているし、僕自身の性にも合っている。

これ、めちゃくちゃいいジャーン!となったのである。


私は個人事業としてヨガをやっているのですが、このnote読むまで
「いつかはスタジオを持った方がいいのかな」
「夜のクラスもやってもっとたくさんの人が受けやすくした方がいいのかな」
「物販は置いとくだけと聞くし、やってみようかな」
なーんてまとまりなく、闇雲にやった方がいいように思えることを思いついては夫に相談する、というのを繰り返していました。

そんな時に夫から送られてきたのが、こちらのnote

大きく儲けようとしない

1番はこれです。大きく儲けようとしない。

状況って人によって全然違うじゃないですか。

私は月10万くらい稼げたら良いので、全然大きく儲けなくて良い。
となるとそんな色々やらなくて良い。

スタジオは固定費が発生するから持たなくていいし、モノとしての商品は扱わなくていいし、自分が負担を感じるようなクラススケジュールは組まなくていい。

稼げないんじゃなくて、稼がないんだという意識を持つことが大事です。

同じようなことは

でも書かれてました。(この本もめちゃくちゃ良い。働くとは、を考えられます。)

すべてのストレスがなくなった

資産運用のおかげでお金に困っているわけではないのに、なんとなく持っちゃってたやるからには稼がなきゃ感がなくなりました。

とにかく私はのんびりしてたい。
こちらが生徒さんに何らかの期待をしているような状況は、あんまり精神的にもよくないなと思うので、自分に一切無理のない状態でやる必要があるなと思いました。

これを決めてから、3S主義にのっとっているかという視点で自分の思いつきを判断できるようになった。もっと大きく稼ぐ手段はもちろんあるんだろうけど、私がこの事業をやる理由は稼ぐことではないのだ、とかなりスッキリしました。

結果売上も

ストレスのなさがいい感じに伝わるのか、結果的に今年は平均が前年比150%とかなり順調でした。

2025年も引き続き

Slim
Simple
Slow
の3S主義は維持していこうと思います。

サイドFIREしたのでダラダラとのんびりの違いを考えてみた

夫婦+5歳児のサイドFIRE家族です。
好きなことを好きなだけやりたいなーと思って2023年サイドFIREしました。

そんな私の普段の過ごし方は

4時   起床(ジャーナリング、予定確認など手書きで諸々)
      ブログ

6時  家事、ストレッチ
7時  子供起床
8時半 保育園
9時  ヨガ
11時   ランチ
12時   散歩  
13時   副業や勉強、読書など
16時半 迎え
以降家族時間

みたいな感じの毎日。

かなりゆるめ。

ノーストレスの極み

毎月お給料をもらっていた時にはぼんやりと、でも常に感じてた悩みも不安もストレスも日ごとに薄くなっていって、いまはもうほとんどない感じになっちゃった。

いまは天気が良ければ散歩の時間を長くして、
雨が降ったら本を読む時間を長くして、少しでも体に違和感感じたら一日中ゴロゴロして、とほんとにゆるーく過ごしています。

のんびりするのって全然飽きないです。

アウトプットのない時間に慣れる

子供不在の7時間半は驚くほどあっという間です。

週に5日もまとまったフリーの時間があればなんだってできるだろうと思ってたし実際その通りなのですが、それと同時に、アウトプットのない時間に対する自分の許容度みたいなのがどんどん上がっていってる。

別にまとまった時間があるからって、何かしなくちゃいけないとかない。生きてるだけでまるもうけと言ったのはさんまさんですが、そのことがようやく少しずつわかってきたかもしれません。

ダラダラとのんびりは全然違う

とはいえダラダラするのはあんまり良くなくて、ダラダラって怠惰/ネガティブなイメージ。
のんびりは優雅/ポジティブなイメージ。

自分で判断するには2つあると思っているんだけど、それが

・その時間を振り返った時にどんな感情になるか
・人がそれをやっているのを目撃した時に自分はどんな気持ちになっているか

というもの。

その時間を振り返った時にどんな感情になるか

私の場合だと
Xとインスタ見てたら1時間経ってた→虚無
寒いなーとこたつに潜ってたら1時間経ってた→虚無
本読んでたら1時間経ってた→充実感
旅先のホテルあれこれ調べた→ワクワク

みたいな感じ。この虚無はダラダラ、充実感やワクワクはのんびり。

むずいのが同じ行動でもどちらにもなり得る点で、寒いから今からこたつでゆっくりするぞと決めた1時間は充実感になったりする。

アウトプットにはこだわらない

人から見たらどれもアウトプットのない時間なんだけど、自分の中でその時間をどう感じたのかを大事にしようと思う、という話でした。

サイドFIRE家族にとっての地方vs都会

移住して1年半。
生まれも育ちも関西の中心部で育ったので、移住については周りの方から「やっていけるのか」と心配されたりもしました。

1年以上暮らしてみた結果、想像以上に気に入っているのですが実際どうなの地方移住、というのを書いてみます。

地方に移住したきっかけ

10年以上都会で働き、生活してきました。
便利だったし気楽さと楽しさを感じてたけど、何をするにも人混みと時間に追われる生活のあり方へのストレスの方が大きかった。

「いつかもっと田舎で暮らしたいねえ」とよく夫婦で話していたので、いよいよ会社を退職することを決めた時、地方に移住するというのはごく自然な選択でした。

人が少なくて自然がたくさんあるところなら本当にどこでもよかったのですが、どちらかの親には近い方が何かあった時にも動きやすいだろうと、夫の出身県に移住しました。

地方暮らしの魅力

1. 空が広い

「移住してきてどうですか?」
「空が広くて最高です」
ていう会話、この1年半で何回したかわからないのですが、これがほんとに1番大きい。

どういうわけかわからないのですが広ーい空をみてたら、幸せな気持ちが広がります。
他の人に言ってもあんまりピンと来てもらえないので私の特異な性質?なのかもしれないですが、空をみてたらほんとに移住してきてよかったなあと日々思えます。

自然が近い

家の近くには川や山はどこに行っても空いてるし、駐車場代、入園代などレジャーに対してお金が発生することがほぼないことにも驚きました。

サイドFIREしたことで時間も体力も余裕ができたこともあり、子供が休みの週末は自然の中で思いっきり体を動かして遊んでいます。
体を思いっきり動かすって充実感あるし、めちゃくちゃ癒されます。

のんびり子育て

びっくりしたのが、保育園のお迎えの時間です。
都会に住んでいたときは18時滑り込みの時間が激混みだったのですが、今の保育園は17時前がわっちゃわちゃしてる。
そして習い事帰りの18時ごろに保育園の前を通ると、なんともう電気がすべて消えてる。

聞けばどの家庭も遅くとも17時半までにはお迎えにくる感じらしく、全体的に家庭での時間がゆったりしてる印象を受けます。

それが子供にどう影響あるのかはわかりませんが、我が家の場合は都会にいた頃の帰宅→ご飯お風呂就寝までのラッシュがなくなり、心にゆとりを持ってのんびり子供との時間を楽しめるようになりました。

保活の困難さもなかったし、学童問題はあるけどほとんどの人が両親が近くにいるし田舎のシニア世代はガッツリ再雇用をあんまりしてなさそうな雰囲気なので子育ての手が多いからか温度感は全然違う感じで、全体的にのんびりできるのが心地よいです。

もちろんデメリットも

一方で都会の良さというのもあって、それが選択肢。
大概のことはオンラインが整備されているとはいえ、実際に足を運ぶことで感じられるものというのはあるなーと思う。

あと海外旅行にも行きづらい。
県の空港から大きな空港へのワンクッションが必要なことで、時間もお金も+1日分かかる。

土地が安いから家も安いけど、賃貸の選択肢はめちゃくちゃ少ないし古い家も多い。
野菜やお米をみんな育ててるけど特別安いこともないし、米不足の時はスーパーからお米消えたのも同じ。ど田舎!ではないからかもしれませんが、地方あるあるなイメージの「これお裾分け」みたいな文化も全然ない。

地方vs都会

夫婦的な価値観としては、断然地方です。
そして子供が小さいうちも、断然地方。

人生は自分で選んで決めた納得感が大切だと思ってるので、子供には「どんな進路でも選んでいい」と言っています。自分達が都会を満喫していた時期もあったし、子供がもし将来もここに住み続けるんだとしても、それを選んだのは自分なのだという意志を持てる状態になってほしい。

これからもバランスとりながら

地方移住という選択をしたからといってこれから一生地方にいるとは実は全然思ってない。
サイドFIREしてて行こうと思えばいつでも都会に行ける安心感や、年4回の帰省もあって、バランスの取れた生活ができているなと思います。

今後子供の望む進路がどういうものになるかは全然わからないし、住む場所が理由になるハードルは少しでも下げたい(親も一緒に引っ越すなら家から通える範囲の学校の範囲が広がる的な)、とか、自分達の老後は日本のコンパクトシティ化が加速度的に進んでそうだけどここで暮らせるのか?とか、その時のことはその時にならないとわからないよね〜ということで、家は買わずに生きている。

これからも都会に完全に背を向けるのではなく、行き来しながらバランスの良い生活を続けたいと思っています。

深夜の断捨離

家族で忘年会しました。

忘年会といいつつただ外食いくための口実だったりするのですが12月のある木曜日の17時、開店と同時に入店。
1番乗りの貸切状態でした。

鉄板の組み合わせ

生ビールと

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焼き鳥
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鉄板な組み合わせ。

飲みたいので歩いて行ける距離のフツーの居酒屋ですが、たまの外食はやっぱり楽しい。

 

我が家は21時には寝るので、19時にはご飯を終えてたい。昔は19時スタートの飲み会をしていたことが信じられないです。

夜の飲み会を断捨離

しかしこの17時というの、夜営業まだオープンさせてないお店も多いし、家族以外だと驚かれる時間。

せっかく外食なら何も気にせず楽しみたいけど、翌日の体調も万全でいたいとなるとお腹一杯の状態で寝たり、そもそも睡眠時間が削られるのがあんまり嬉しくない。

そんなこんなで可能な限り、人と約束するときはランチにするようになりました。

サイドFIREして昼間の時間も調整自在だし、夜に家族の時間も取れるし、夜ご飯を抜くことでその日のうちに体調の調整が完了できるしで、いいことしかない。

その分ランチでも躊躇わずビールを飲むようになりました←
が、夜のダラダラ感ある「もう一杯」はランチには存在しなくて、それも含めていい感じ。

自分に合うリズムで生きる

食事のタイミングとかお酒のタイミング、人と会う時間など自分のリズムで生活できることが信じられないくらい快適です。

晴れたら外に出て雨が降ったら本を読む、まさに晴耕雨読みたいな暮らしがしたいなと思ってたのですが、快晴の日に満員電車に乗りながら「なぜ今日仕事に向かっているんだ」と思った気持ちを今もくっきり覚えています。

意外に晴れた日に出歩きたい気持ちにならないことはさておき、その日の気のむくままに自分のリズムで過ごしたかったのが叶っていてとても幸せだねえ、今年はほんとにいい一年だったね、と振り返った忘年会でした。。

 

人生の宿題

先日Xで
”サイドFIREする人は夏休みの宿題を前半で完結させた人が多いんじゃないか”
みたいな投稿を見ました。

なるほど、たしかに私は大物(読書感想文、自由研究、日記)以外は終業式の日に完結させてるような小学生だったなと思いました。

タスクのある状態がとにかく嫌

あとこれとこれとこれをやらなきゃ、みたいな状態がすごい嫌です。
やらなきゃいけないことは今この瞬間に手をつけたい。じゃないと忘れちゃうので。

タスクを溜めないコツはすぐやること、なんだけど生きてたら、特に会社で働いてたりしたらそれは今じゃないでしょ、みたいなことってたくさんあるんだけど、わかってても手をつけたくなっちゃう。忘れないようにと脳のキャパを使ってる感じもいやなんだよねえ。。。

生きるためのお金を稼ぐという人生のタスク

生きるためにはお金が必要、だから働くというシンプルな理由で就職しましたが、一切お金に不自由しない状況でも週40-60時間働くことを選んだか?と考えたら、多分選んでない。

でも働くこと自体はどっちかというと好き、ということは
生きていくためのお金を稼ぐ働き方ではなく、一生続けたいと思えるほど好きなことを仕事としていくこと。

超ミニマルライフの中で四隅大輔さんがライスワークライフワークという言い分けをされていましたが、私は人生からライスワークを排除したかった。

もちろんお金を稼ぐことを主目的としている仕事の中にも情熱はあるし、それをライフワークと捉えることができる人もいるんだろうなと思う。
だけど私の場合は、自分の仕事が大好きだった一方で、「一生はやらない、いつかはやめる仕事」だと感じていたからやっぱりライスワークの比重が高かったんじゃないかな。

 

そして人生の宿題を終えた

なので投資を始めました。
運用額5千万をゴールに、達成したので会社員を卒業しました。

控えめに言っても、最高です。
これはまさに夏休みのタスクを終えた時の解放感だなと思う。

残りの人生はより充実した時間を過ごしていくために使う。
遊んでるだけ、ダラダラしてるだけの時間はあんまり私にとって楽しいものではないので、興味あることどんどんチャレンジしたいなあと思っています。