15年ぶりに韓国へ
韓国行ってきた。めちゃくちゃ楽しかった。
旅行記はさておき、楽しかったポイント3つを書いてみる。
みんな優しい
韓国の方、めっちゃ優しい。お店だとプラス一言の雑談みたいな感じで絶対声かけてもらえるし、困って声かけたら120パーセントの全力で教えてくれる。
日本からですか?って声かけてもらうことも多くて、なんていうか全体的にめっちゃオープンな雰囲気を感じた。
特に若い方は英語だけじゃなくて、日本語、中国語まで話せる人が多いっぽくて、自分を大いに反省した。
韓国美容
肌綺麗な人多すぎませんか。
美容大国だからとかではなく、おばさまおじさまが美肌。
よくよく見ると年齢相応のシミやシワはあるものの、キメの細かさ、くすみのなさ、ムラのなさでシミとかしわがあんまり気にならないというのは大きな発見だった。
なにしてるの?て聞いたらなーんもよ(照)みたいな感じだったけど、多分発酵食品とモリモリ出てくる副菜、油もエゴマ油いいの多いし食が秘訣なんじゃないかなと友達と話してた。
旅行中は便秘がちなのに韓国ではひたすら快便で最高だった。
美容医療
35歳にしてマリオネットラインが気になりすぎるので、ハイフはしようと日本から予約して渡韓。ウルセラ100ショット¥30,000-くらいで予約してたけどそれだと全然足りず、しかし十分なショット数だと10万超えるという感じだったので、結局テンセラを400ショット打ってきた。¥32,000-くらいだった。
あとは当初予定になかったんだけど、友達との会話の中でおでこの皺が気になるという話をしたらボトックスいいで!とのことで、おでこと眉間にボトックス計¥6,000-
結果、大満足です。
元々日本でシミ取りだけ美容皮膚科に行ったことがあったんだけど、もっとカジュアルに、でもカウンセリングはなんでも言いやすい雰囲気で満足いくまでしてくれて、日本語通訳の方もしっかりついてくれて、押し売られる感じも全くなく満足いく施術ができました。
痛みについても、麻酔クリームなるものを塗ってくれたのでほぼなかった。
明朗会計で十分な効果を感じており、特におでこに打ったボトックスが最高すぎてまた皺が復活してきたらやりたい。
ご飯美味しい
言わずともがなご飯美味しい。
胃の辺りからポカポカしてくる感じがあった。

副菜いっぱい並べられるの、韓国きたーという感じで嬉しい。
めっちゃ良かったのは、朝ごはん食べに行ったカルグクス横丁。
早起きのおばちゃんたちと、ローカルな方々が朝ごはんを食べにきてた。つきたてカルグクスと、たっぷりの副菜。
キムチが美味しすぎておかわりした。カルグクスは多すぎて断念。
独特な出汁は何かと調べたら、牛骨らしい。ダシダって一時期(今も?)流行った時も食べたことなかったんだけど、いいもんですね。

大好きなYoutuberが食べてて絶対食べようと決めて行ったところ。マッコリが美味しすぎるし、チヂミともあう。2泊なので最後の晩餐、寂しいのでこのあと参鶏湯も食べに行った←
そんなこんなな韓国旅、大満足で楽しすぎた。
年1くらいでいきたい。
凪のような日々
健康な成人はあたりまえに働くべき
あたりまえとは会社に所属し週に40時間働くこと
という思考を離れ、サイドFIREして3年目、働かないことにようやく慣れてきました。
あした死んだら、子供がいるのでそれは困るんだけど、自分自身の人生にはもうそれ以外のマストが無い。
旅行がすきだけど絶対行きたいところもないし、絶対食べたいものもないし、誰かのことが猛烈にうらやましくなることもない。
欲というエンジンがないので、人によっては(何がたのしくて生きてるんだい)とみえたりするみたいですが、毎日とても満たされていて、人生で最も幸せを感じています。
どうやらこの凪のような状態こそ私が求めていたものだったようです。刺激が少ないけど、静寂、平和、安らぎ、穏やかさがあるともとれる。
元がネガティブなので、今も生活のなかに探せば無限に不安材料をみつけられる。
なんだけど、なにを心に影響させるかは自分の選択だということについて、心が凪の状態だと冷静に判断しやすい気がします。
本日も、束の間の暑くも寒くもなく花粉もない季節というのを満喫してまいりましょう。
では
暴落で家を買えなくなったいま思うこと
インデックス投資×ミニマリストで気付けば1億円の資産ができていた我が家、去年の夏頃からリノベ、中古などの検討を経たのち、注文住宅を建てようと今年1月に決めました。
ミニマリストなのになぜ家を買うのか
理由①移住先をことのほか気に入った
サイドFIRE後に移住してきたこの場所を、思いの外気に入りました。空が広い、自然がたくさん、知り合いも増えてきて、できる限り長く住みたいと思うようになっています。
ですが地方、いい感じの賃貸がマジでない。
ざっくり分けると築古広めか、50平米ほどのアパートかというほぼ2択です。一応ファミリー向け賃貸として同じ外観&間取りの家が6〜10棟ほど並んだ戸建て物件もあるのですが、その均一的な感じがどうしても住みたいと思えず。。。
今住んでいる賃貸は築古広め賃貸なのですが、これからも長く住むならもう少し暖かく快適な家に住みたいねとなったのが、家を買いたい1番の理由です。
理由②「使いきれずに死ぬんでは」
特別なラッキーイベントがあったわけでもないのに、30代前半である程度の資産ができた理由は、我々がミニマリストだからです。
お金を貯めることを目標として貯めた訳ではなく気づいたら溜まっていた、という我々のようなタイプは、お金を使わずに暮らすことが骨まで染み込んでるので、今更使うタイプの人間には変われません。
子供の教育資金やら老後資金やら、考え出したら色々あるけど、それにしても今を快適に暮らすための家を買っちゃうというのはわりと結構、いいお金の使い方なんではと思いました。
買うことを決めたら暴落した
サイドFIREしてからまだ1期分しか確定申告しておらず、与信がないのでほぼ一括で買います。どうせ買うならちゃんと調べようと、ハウスメーカーを10社巡り、断熱や構造躯体の勉強をし、約2ヶ月後にようやく会社を決定。
そして「さあ、現金化!」となったときに暴落。
買いたかった
正直、もうここまできたら買いたかったです。
いろんな住宅事情を知るにつれ、空き家問題に乗っかって一生賃貸で気楽に暮らすということにももはや疑問を持ってしまっていますし、何より自分が一から家づくりを考えていいんだとなったときに、やりたいことが色々あるんだなと認識してしまった。
例えば玄関を広くしたい。部屋の区切りは基本引き戸にしたい。キッチンの作業スペースを広げたい、ランドリールームにファミクロを兼ねたいなどなど・・・。
これまで賃貸にしか暮らしたことがなく、賃貸でもまあ快適に過ごせることは知っているけど、自分で建てるということはあれもこれも自由自在なのか、っていうのは想像以上にワクワクするものでした。
あー、買いたかったなあ。。
人生のタイミング
買いたかったので、しばらく落ち込んでたんですけど(来年の冬もこの家か)でも落ち着いてきたら、人生タイミングやなと思って。急に関西弁ですが。
例えば我が家、夫婦揃っての退職を2022年に決めました。で、2023年4月に退職。
この時、「2年間のうちに生活費を稼げるようにならなければふたたび会社員に戻ろう」と決めてた。とりあえず子供が未就学児の間に家族の時間を一旦持とう、というのを目的に退職しました。
で、今年で丸2年が経過して、ほぼ夫のおかげで会社員に戻るという案は消えたのですが、これ、その間の相場もあると思うのです。
資産の話をすると、2022年は下落、2023&2024爆増という感じだったので、生活費を稼げるようになる云々はさておき、気持ち的に安心感はありました。
就学のタイミングで自分達が望む選択をする後押しになってくれたことは間違いないと、私は感じています。
下落が続いてたら会社員に戻る選択肢も全然あったな、と改めて思うにつれ、タイミングが良かったとしか言えないなと思うのです。
今回は逆風だった
人生のタイミング、サイドFIRE生活には追い風だったのに対し、家を買うことには逆風だった。その事実があるだけで、そこにどんな感情を乗せるのかは(あるいは乗せないかは)自分次第です。
買いたいから買う、とまだ強行突破できる感じでもあるけれど、逆風の中無理に進むとロクなことがないなという直感があるので、ここは受け流します。
相場が戻したら買うのか
これは正直、わかりません。
今回家を買おうと思ったのは、小学校が決まったので”少なくとも6年は住むだろう”と思ったから。しかしこれが例えば相場戻すまでに3年、建てるのに1年とかかかると、子供が高学年になっちゃう。
中学校になったら本人のやりたいことがあるかもしれないし、それは地方のここら辺ではできないことかもしれないし、そしたら家族で引っ越す選択になるかもしれない。
景観の良い場所に快適な家を建てたい気持ちはあるけれど、教育や介護に今後の相場も含めた場合に、今年家建てるぞ!となったほどの気持ちで思えるのかは、正直今の時点では全然わかんない。
あんまりコントロールしようとせずもう任せるしかないなーと、2023年からの流れを振り返って心底思えるようになったし、執着せずゆるりといきます。
ではー
大人になってからの友達
学生時代からの友達と話していたら「もうこれから新しい友達はいらない」という発言がありました。
結構びっくりして、うーんわかる気もするしわかんないような気もする、と考えたことを書いてみようかなと思います。
大人になってからの友達とは
子どもの頃や学生時代は、毎日のように誰かと顔を合わせ、自然と友達ができていました。
しかし、大人になると環境が変わり人との関わり方も大きく変化しますし、社会人になると友達の定義や必要性に対する価値観も人によって大きく分かれる。
そんな中で「大人になってから友達はできるのか?」「そもそも必要なのか?」と考えたことのある人も多いはず。(?)
作る派と作らない派
作る派の人の考えは、「新しい出会いから刺激を得たい」「趣味や価値観を共有できる人がほしい」など。仕事以外のコミュニティに身を置くことで、心の余裕やリフレッシュにもつながります。
一方で作らない派の人は、「今ある人間関係で十分」「時間やエネルギーに余裕がない」と考えがち。無理に交友関係を広げず、家族や昔からの友人との関係を大切にするスタンスです。
どちらが正解ということはありませんが、私は作りたい派です。
昔からの友達とのちがい
子どもの頃の友達は、共に成長してきた「過去を共有する関係」が多いです。
毎日学校で会って放課後も集合して、さらに夜は電話して切った後に手紙書く、って今振り返ると何をそんなに話すことがあったんだーい!という感じですが、笑ったり喧嘩したり励ましあったり、起きたことのほとんどを共有した時間をもつ友達と同じような関係性は、大人になってからは得難いです。
一緒に過ごした時間が圧倒的に長いので思い出話が尽きず、無言でも気まずくならない居心地の良さがあります。
一方、大人になってからできた友達は、「今の自分を理解してくれる関係」です。
学生からの友達は、その後の進路選択などによって、必ずしも今の自分を理解してくれるわけではないです。仕事も多様なので悩みも全然ちがったり(だからこそ面白かったり学びがあったりもしますが)、家庭の話、趣味や考え方など、共感してほしかったり現実的なアドバイスが欲しい時には、今実際に日常的に周りにいる人に話すほうが話しやすかったりします。
今のリアルな自分の価値観や状況を知るからこそ、同じ温度感でいられるというのは話に共感したり悩みを解決したりするのに有効です。
過去の絆ももちろん大切ですが、大人ならではの対等で誠実な関係も、人生に新たな彩りを加えてくれます。
大人になってからの友達の作り方
とはいえ実際に、どうやったら大人になってから友達が作れるか?というのをいくつか考えてみました。
趣味のコミュニティ
スポーツや音楽、料理教室など、共通の話題がうまれる場に身を置く。私は個人でヨガインストラクターをしているので、仕事を通じて出会う方が友達のような感覚でいます。ヨガの話がメインだけど、派生してわりと突っ込んだ、いろんな話もします。
定期的に顔を合わせることは親密な気持ちを抱きやすくさせます。
SNSやオンラインサロン
長らくインターネット上のつながりをあまり信じてこなかった私ですが、仕事の一環でSNSを活用するようになって、会ったことはないけれどわりと頻繁に連絡をとる知人ができました。
何人かは一緒にヨガをしたこともありますが、SNSを見る専門のものとして使っていたら、コンタクトを取り合うということがそもそも発生しなかったんだなと思うと、自分の好きなものを発信する、好きなものを発信している人にコンタクトしてみるって、大事だなと思います。
対面で会う生徒さんたちよりフランクな、趣味友達としての関係はとても心地よいです。
職場や地域のイベント
職場の研修や地域の清掃活動、子供を通じたつながりなど、身近な場所でも意外な出会いがあるかもしれません。
私は楽しい人とはどんどん知り合いになりたいので、そういった場には積極的に参加するだけでなく、すきあらば話しかけてみるようにしています。
子育てのなかでの出会いは、初めこそ子供を主語になりかちですが、〇〇ちゃんの親としてではなくその人個人が何考えてるのかにふつうにめっちゃ興味ある。
出会いのきっかけはなんであれであっても、その方自身に興味をもつことで、友達としての関係を築けるように感じています。
いずれの方法にせよ大人になってから友達を作るには、まずは自分から話しかけてみるのがポイントになってきそうです。どんな人かわからない、グループのようなものができてたらどうしようなど、未知のものには色々な想像をはたらかせて防衛本能強めに対応しちゃいそうになりますが、それをやめてみる。みんな大体いい人だし、構えるよりはオープンにいるほうが自分がラクです。
人生を楽しむには作るべき?
ここまで書くと、いかにも私は群れたい人みたいですがそんなことは全然なく、私は家族でいるのが1番好きです。それとほぼ同等に、一人でいるのが好きです。人生を豊かにするのに「友達」は必要不可欠、とも全然思っていません。
でもだからといって友達を作らない!と言い切っちゃうのはちょっと勿体無いかなと思っていて、肩肘はらずオープンに、来るもの拒まず去るものおわずなスタンスが気付けば快適で楽しい人間関係みたいになるんじゃないかなと思うのです。
誰かと笑い合い、悩みを話せる相手がいることで、心が軽くなることは多いですし、あと子育てに関してはほんっとうに色々教えてくださる方がいるとありがたい。
無理に友達を作る必要はありませんが、「この人と話すと楽しい」「気が合うな」と思える相手ができたなら、そのご縁を大切にしたい。
大人だからこそ、無理せず、自分のペースで築いていける関係があります。少しの勇気と柔軟さで、思わぬ素敵な出会いが訪れるかもしれません。
春に子供が小学校に上がり、ふと思い出した話でした。
ではー!
時間に対しての主導権
人生で初めて時間に対しての主導権を得たという話です。
時間は誰かに決められた配分で過ぎていくもの
生まれた時から、私はいつも自分の時間を過ごしていたはずだけど、思い返せばその時間というのは幼少期は親の管理下に、就学時は親と学校の管理下に、社会人になってからは会社の管理下にありました。
自分の意思で選択できる度合いは年齢ごとに大きくなっていったけれど、自立していないうちは自由はないと思う。
会社員になってからは会社に管理されていたわけではないけれど、お給料とは労働力の交換だから、日々の時間配分のベースには仕事があったという意味で私の時間は会社の管理下。
会社を辞めて初めて主導権を得た
時間に対する主導権を持つというのは、単に暇な時間があるとかのんびりできるという話ではなくて、「この1時間をどう使うか」を、自分の意志で決められるということ。
やりたいことだけやり続けたり生産性を気にせず時間が経過することは、これまでの人生でできなかったけど、仕事辞めたらできるようになりました。
例えば私は本が好きで、10冊くらいを併読してこの本に飽きたらこっちという読み方をしてほっとけば何時間でも過ごせるような感じなのですが、「もう本はしばらくいいわ」というところまでいったことはないです。続編が気になるけど中断して別の作業に移らなきゃ!がないのを、人生で初めて経験しています。
それが毎日続く。
これは、想像以上にすごかった。
時間の主導権は人生の主導権
・残業の多い部署になっちゃって、早く帰りたいんだけど帰れないとか
・子供が3歳になるまではゆっくり家でみたいけど育休が取れても2年までとか
・長期休みはお盆とお正月だから旅行はいつもハイシーズンで高いし混んでるとか
私の場合は仕事していた時に1番辛かったのはおばあちゃんが亡くなる時で、職場の大きな理解はあったものの、もっと一緒にいたいなあと思っていた、とか
みんなが時間への主導権を持って、そういうので悩むことがなくなったらいいのになあと思います。
誰かのスケジュールに左右されず、誰かに評価されるためでもなく、“自分がどう在りたいか” を基準に時間を使えたら、みんなもっとハッピーに生きていけるのになあ。
時は金なりというけれど
”時は金なり”という諺(ことわざ)がありますが、これは時間というのはお金と同じくらい大切だよという意味だと思います。ですが、私にとってはお金より時間のほうが余裕で大事です。
お金がない人生はハードだけど、自分の時間のない人生も同じかそれ以上にハード。
仕事を辞めることは自分の時間を確保するための、自分の、自分による自分のための革命です。
好きなことしかしなくなったら、会社員の時に定期的に感じてた「なんのために生きてるんだっけ?」はなくなったし、他人と比較して羨んだり自分を卑下したりもしなくなりました。
とても有名なスティーブ・ジョブスの
『もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やることは本当にやりたいことだろうか?』
長くNOが続くなら、何かを変える必要がある。
という言葉や、最近出会った
人生が後10年だとしたら、今の生き方を続けるか?
という言葉のように、今日に大満足だと思える日を積み重ねたい。
ジョブスは動画の中で、「たまらなく好きだと思えるものを見つけてください。それは恋愛のようなもので、出会ったらピンとくる。それまで探し続けてください」とも言ってるのですが、しかしこういうことを真面目に考え、考えたことを行動していくには時間が何よりも大事なのではと思います。
お金という障壁
私は不安が強いのである程度のお金を貯めてから(と言っても一生遊んで暮らすとかには全然足りない)会社員を辞めたけど、いざ辞めたらお金のことなんかより時間が大事でしょ!と当たり前に気づいて実行している人たちにたくさん出会っておったまげました。
これはきっと、たまらなく好きなものに出会ったタイミングに依るのではないかなと思うのですが、本当に好きなことが自分の人生にあったら、他は些細なことに思えてきます。
私は会社員生活にぼんやりとした違和感を感じるなか、しかし”これが私の好きなものだ”という確信が持てなかったのでとりあえずの会社員としてかなりの時間を先延ばしにすることになりました。
ですが、会社を辞めて時間を得、好き”かもしれない”ことにまじめに向き合ったら、思っていたより好きだった(そういえば私は恋愛もそういうパターンが多いです)ので幸福度がギュインと上がった。
結局やってみないとわかんないんじゃん、とも思うけど、しかし一方で、振り返れば違和感をどうにかしたくてやった断捨離、今の仕事に繋がる資格の取得、資産運用や仕事でのあれこれが、ぜーんぶつながって今に活きてるなとめちゃくちゃ思う。
そしてこれもまた、ジョブスは
「未来を先回りして繋ぐことはできません。過去を振り返って点と点を繋ぐことしかできないのです。だから将来、なんらかの形で点と点は繋がると信じなければいけません。」
と言ってます。うーんすごい。
私も重みのある言葉を積み重ねれるようがんばって生きよう。
ではー!
それは決して派手なことじゃないけれど、
心の奥にずっとあった「こう生きたい」という願いに、今の私は近づいている気がする。
時間をコントロールするというよりも、
時間とともに「在る」ことを、自分のリズムでやっと味わい始めている。
この感覚を、私はこれからも大事にしていきたい。
私は、時間の主導権を持って生きていきたい。
仕事と家事育児の両立
新年度になって、娘は今年から小学生になりました。
小一の壁なんて言葉があったりしますが、もし今もフルタイム共働きだったらまあ大変だっただろうなと思う。
仕事と家事育児って両立できるものですか
渦中にいるときは「まあやってやれんことないでしょう、みんなやってるしこんなもんでしょう」くらいの感じで過ごしてて逆に大丈夫だったんだけど、忙しいこと自体がよっぽど好きじゃない限り、仕事と家事育児の両立ってハードすぎませんか?
辞めてからずっと思ってるんだけど、もしいい感じに外注したり時短家電活用しまくっていたとて、かなり無理があるなと思うのです。
週に5日フルタイムで働いて、仕事の前後で家事育児をこなす。夫婦で話すことは連絡事項が中心になり、2日ある休みの内どちらかは溜まった疲れを取ることに消える。
これって両立できてるということになるのか?と思っちゃうのです。
抜け出してよかったと心から思う。
そもそも娘が就学するまでの期間限定やめてみようという感じだったんだけど、もう絶対あの暮らしには戻れない。
ミニマリスト×インデックス投資
勤勉を信仰してたので仕事を辞めることに恐怖を感じてたんだけど、辞めなければよかったと後悔したことは一度もありません。あるのは辞める選択肢を持てた自分にありがとうという気持ちだけ。
そしてその選択肢を持てたのは、20代のうちに資産を築く習慣ができてたから。
親が資産家なわけでもなく
宝くじに当たったわけでもなく
優秀で平均年収を大幅に上回るような高収入だったわけでもないわたしたちが今の暮らしに至れたのは、ミニマリスト×インデックス投資だったから。
ミニマリストだけでも生活にまあまあのゆとりが出る、インデックス投資だけでもしっかり取り組めば、長い目で見ればそれなりに資産が築ける、でも扶養者がいるような場合には、どちらかだけでは教育資金とかを考えた時にはこころもとない。だけど2つを掛け合わせたら、30代前半で夫婦ともに仕事を一旦辞めてみるという選択肢が持てるほどのパワー。
人生の早いうちから
かなり再現性あると思うけど、派手さはない。
特に20代の頃は、収入が増えたのに支出を増やさなかったことで周囲から「何で使わないの?貯金してるの?貯めてどうするの?」みたいな質問をよくされてました。
そのたびに、自分の人生こんな感じでいいのか・・?今これだけ積立できる(=お金が余ってる)のって、使うべき何かに出会えてない、著しい機会損失をしてるのでは?と常に思ってた。
でもそんな時期があったから、あのハードモードな生活を抜け出せたというのは振り返って気づく話。
家事も仕事も育児もそれぞれから得た力をその他に循環させながらパワフル満開な毎日を過ごしてる方を尊敬しつつ、自分の幸せは自分で気づいて見つけて大切にしてあげるべきだなあと、大切にできるようになってよかったなと思うのでした。
では!
2年前に会社員を辞めたインデックス投資家の末路
気がつけば、会社を辞めてから丸2年が経ちました。
夫婦そろって共働きの正社員として忙しい毎日を過ごしていたあの頃から、今ではすっかり「働かない生活」に慣れてしまいました。
今日のブログでは、30代で夫婦揃って退職したインデックス投資家の末路として、この2年を振り返って感じていることを書きます。
増えた時間と心の余裕
まずなによりもに感じているのは、「時間があるって、こんなに贅沢なのか」ということ。
何をしてもしなくてもよくて、朝は目覚ましなしで自然に起きて、散歩したり本を読んだり、少しでも体調が悪かったら思う存分だらだらしてと、好きなように過ごせる毎日。
会社に縛られていた時間が、自分の時間になっただけで、人生の質がぐっと上がった気がします。
家族揃って朝も夜もごはんを食べられる生活への感謝、大切な人と何気ない時間を共有できる贅沢さを毎日感じています。
会社員時代いつもあったほんとうに大事な物を生活のなかでおろそかにしてしまっている感覚がなくなって、心にゆとりがうまれました。
「働いてこそ一人前」という価値観の手放し
以前は、「働かなきゃいけない」「働いてこそ社会人として一人前」「夫に養われるなんて今の時代にあるまじき」などの固定観念に縛られていました。
健康なのに、働かないことに強い罪悪感があった。
今も時々「やっぱパートでもいいから働こうかな」という考えが(特にこんな相場のときには)頭にうかんだりしますが、そういう考えはこの2年、意識的に手放そうと努力してきました。
働いてお金を稼ぐことに、ひとりの人間の生産性についてのとりあえずの免罪符のようなものを相変わらず感じてるのだと思うんだけど、そういうぼんやりした気持ちを、とりあえずの手段で解消して問題をうやむやにすることはやめてみています。
働かない事を、自分に許す。気の向くままに時間をつかって、たのしく幸せに生きれたら100点。そう思えるようになったのは大きな変化です。
収入は減った。でも、資産は減っていない
では収入は?というと、会社員時代に比べると1/3程度に激減しました。でも、資産は減っていない。
元々モノを買う系の贅沢はしないし、旅行は行くけどハイシーズンを避けられるようになったし、移住したことでレジャーにお金がかからなくなったことなどもあり、収入は減ったけどふだんの支出も減っています。ですが旅行が増えたので、いまの家計の収支ほぼトントンな感じです。
資産運用のありがたみ
トントンってわりと余裕がない状況てすが、そのことによる生活のゆとりのなさを実感するタイミングは、ありがたいことに0です。
その理由は、運用している分があるから。
取り崩しをして生活費に充てることはまだしていないのですが、少しずつ積み上げてきた投資が、確実に今の生活における心のゆとりを支えてくれています。
あのとき始めておいて、本当によかったと心から思います。30代3人家族で1億(退職時7千万)と、人によっては不十分な資産状況かなと思いますが、我が家にとっては本当にいいタイミングで決断できたなと振り返っても思います。
2年経った今、あの時会社を辞める決断をしてよかったとしみじみ思います。
これからも「働かない贅沢」をマイペースに続けていきたいと思います。
では!